リタイヤ

社会的成功だけが人生の目的ではない

リタイヤ

私はADHDであり学習障害であったため、社会に出てから非常に苦労しました。

普通の人ができる事ができず、普通の人ができないことができたりする事がありました。

底辺の工業高校を卒業し、社会でもまれ、働きながら専門学校に通い、そこから大企業へと転職し、結果また退職しました。

私のようなできない人間が、大企業に行っても結局生き残れない。

でも人生、自分の身に起きたことは必ず自分にとって「意味のあること」なんですよ。

私の本業は手相占い師ですが、占い師として大成するためには、私自身の様々な人生経験が必要だった。
こういった様々な経験こそが、私に取って必要なことだったのだと思っています。

なにも、小中高大学と必死に勉強し、大企業に入社して出世していく人生だけが、人生の全てではない。

私は幼少の頃から最底辺で生きてきた人間なので、そのことがよく分かるんですよ。

というのも、大企業で仕事をされていた方の多くは目が死んでおり、本音を口にできず、ただ黙って上司の指示にしたがっている奴隷のような人達が多かったのは、私に取ってショッキングでした。

逆に、私が高校を卒業したあと入社した町工場で働いて居た人達は生き生きしており、目が輝いていたんです。
決して給料が高いわけでも、労働環境が良いわけでもないのに・・・
私に取っては大企業で働いている人達よりも、町工場で働いて居る人達の方が幸せに見えたんですね。

私は千人以上の手相を観てきて、その人達の人生について触れ、どうも幸せとはお金がある事や、地位・名誉があることではないんだな・・・と気づきました。

それよりも、温かい家族に囲まれ、沢山の友人達とわいわい賑やかにやっている人達の方が、よほど幸せなのだ、と。

私は大企業で必死に働きましたが、周りで人のあら探しをして人を貶めたり、パワハラで退職に追い込まれたり、様々な足の引っ張り合いをしている姿を目の当たりにして、「どうもここは自分のいるべき場所ではないぞ」と思ったわけです。

私は過去に必死に働いた末に、友人や家族関係を失った痛い経験があったため、この二の舞になるべきではないと思い、大企業を去ることにしました。

あなたが必死に働き、頭角を現し出世して・・・という生き方ができたのならば、その道を貫くも良いでしょう。
仮にあなたが会社での出世競争に敗れたとか、退職に追い込まれたとしても、それはそれであなたにとって意味のある経験だったのです。

人は失敗しないと、自分の進んでいる道が正しかったのかどうかが分からない。
それを学ぶ意味でも、失敗は決して「人生の終わり」ではない。

もしも、社会に出てから仕事一筋で生きてきた場合、定年後になにも残らないつまらない人間になってしまう。

でも何度も仕事で躓き退職し・・・という事を経験していれば、その失敗から家族や友人・仲間の大切さを知ったり、趣味の大切さを知ったりと、自分自身の生き方を見つめ直す切っ掛けになるんです。

だから、「勝ち負け」だけで人生を計ろうとしないでください。

仕事一筋で生きて、体と心に強い負担をかけて、定年をすぎたらぽっくりと逝った人なんて沢山いるじゃないですか。
彼らは失敗を経験できなかったため、立ち止まって振り返る時間がなかった。
それでは、なんのために生きているかを知る機会もなかったかもしれません。

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